台湾

『台北迷路』(吉田修一著)の紹介とその感想

ユウ

昨日は台湾新幹線プロジェクトを舞台にした吉田修一さんの長編小説『路』の感想を書きました。本日は台湾大好きな吉田さんが『路』を完成させる約10年前に執筆した『台北迷路』を紹介します。

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『台北迷路』を読もうと思ったわけ

著者の吉田さんは2012年に出版された『路』の発売記念インタビューで、2004年に『台北迷路』というタイトルで台湾人男性と日本人女性が台湾で再開をするストーリーを書いたことを話していました。このストーリーを広げていって、長編辺小説にしたいという思いがあって『路』が完成したようです。

台湾人を妻に持つ私がハマりにハマった台湾通が唸る小説『路』のもととなったストーリーはどんなものなのかと思い『台北迷路』を読んでみることにしました。

『台北迷路』はどこで読めるのか?

『台北迷路』は短編小説ですので単行本はありません。『エソラvol.1』という小説や漫画の短編集に掲載されています。2004年12月に販売されたものですので、現在書店では手に入りませんが、アマゾンで古本を購入することはできます。

また、吉田修一さんの小説集『長崎』にも掲載されています。『台北迷路』がなぜ『長崎』にと思う方もいるとは思います。吉田さんは1990年代に初めて台湾を訪れて以来、何度も台湾の地に足を運んでいる自他ともに認める台湾ファンですが、吉田さんが台湾に初めて訪れたときに、どことなく台湾が故郷の長崎に似ていると感じ、台湾に興味を持ったそうです。

確かに長崎にも台湾にも、大正時代のバロック式建築が多く残っていることが共通点としてありますね。また、大らかな長崎県民の県民性もおっとりとした台湾人の性格と重ね合わさったのかもしれません。

『台北迷路』のあらすじ

付き合って1年ほどで半年前から同棲をしている日本人カップル、泉と小説家の道彦は旅行で台北を訪れます。二人はとある晩、饒河街夜市(ラオホアジエイエスー)に訪れますが、泉は5年前に台湾で出会った台湾人男性と再開します。(『路』で春香とエリックが淡水で再開したときと同じように男性は牛肉麺を食べているときでした)

泉は道彦をその場に残し、台湾人男性のもとへ歩み寄り会話を交わします。その後すぐ道彦のところへ戻ってくるのですが、台湾人男性についての説明は泉からはなく、二人はタクシーに乗り込みホテルへ向かいます。

道彦は夜市での出来事が気になり、さっきの台湾人男性は誰か尋ねると「昔の恋人って言ったら、驚く?」と泉は意味深な発言をしてきます。実際に泉と台湾人男性は5年前に台北で5日間だけともに過ごしただけの関係ではありますが・・・。

その後、二人はホテルで休憩した後、台北で24時間やっているという台北の書店へ行きます。(おそらく誠品書店)今回の旅の目的は、小説家の道彦にとって初の外国語に翻訳された小説を地元で手にとって見ることでもありました。

書店に着いても道彦は、泉と台湾人男性との過去が気になります。本当に5日間だけの付き合いだったのか、と泉に問い詰めます。その後、自分の翻訳された作品を開くと漢字の羅列で「泉凝望著那個男子漢字好長時間,突然間男子倏地擡起頭來。」と書いてありました。

道彦は自分の書いた物語を1文字1文字目で追いますが、自分が迷路に迷い込んだような気持ちになり、本を閉じるところで物語は終わります。

『台北迷路』に登場する場所

『台北迷路』をより理解できるように、登場する場所についての豆知識を紹介します。

饒河街夜市(ラオホアジエイエスー)

MRT板南線後山埤駅の近くにある全長600メートルの大きな夜市で、台北で1番と言われる士林夜市(スーリンイエスー)に次ぐ規模です。台湾観光協会によれば、名物は骨付き豚肉の薬膳スープと臭豆腐が饒河街夜市のオススメグルメです。

仁愛路(レンアイルー)

泉と道彦が夜市からホテルに向かうときに通る道で、東の信義区から西の大安・中正地区を繋ぐ幹線道路です。都市の中心部に位置する大きな道路ではありますが、路に街路樹を植えたのではなく、街路樹の中に路を作ったのではないかと思うほど緑が多いことが特徴です。著者の吉田さんはこの路がとてもお気に入りのようで、『路』にも何度も登場します。

中正国際空港

中正国際空港のイミグレーションを通って、台北の町にやってきたといった描写が出てきますが、中正国際空港は現在の桃園国際空港のことです。第2次世界大戦後に日本が台湾を引き揚げた後に中国国民党が台湾を支配します。このときの党首は軍人の蒋介石です。介石は字で本名は中正です。日本などの海外においては蒋介石の呼称が一般的ですが、台湾では蒋中正と呼ばれています。国民党の最高司令官として崇められていたため、空港の名前にも使用されていたので。しかし、台湾では2004年の国民投票選挙で国民党から民進党へ政権政権が移ったことを機に、桃園国際空港という地域に根ざした名称に変更されました。

誠品書店(チェンピンシューディエン)

台湾にある書店のチェーンで本店の敦南点は24時間営業であることで有名です。専門書から文芸書、海外書籍まで揃える大型の書店で老若男女問わず多くの人で賑わっています。特徴的なのは客の利用方法で、みんな立ち読みならぬ座り読みをしています。数年前にジベタリアンという言葉で日本では問題視されましたが、おおらかな気質の人が多い台湾では、黙認されているようです。

『台北迷路』を読んだ感想

『路』の前に執筆された台湾作品ということで、吉田さんの台湾への思いが詰まった作品だなと思いました。台湾人男性と日本人女性の偶然の再開という設定に吉田さんはこだわりがあるようで『路』と同じ設定です。また、生き生きとした台湾の描写が楽しめるといった点でも共通点があるなと思いました。

大体15分程度で読むことができてしまう短編小説ですので、解釈の多くは読み手に任されていると感じました。主題は、男女の海外旅行のとある晩の出来事を描いたショートラブストーリーではありますが、2つの迷路が用意されていると思いました。

1つ目の迷路は、彼氏の道彦の思いが迷路に入り込んでしまうことです。道彦は泉が5年前に台湾人男性と台湾で出会い、5日間台北を案内してもらったことを泉から聞きます。しかし、本当にそれだけの関係だったのか、他に何かなかったのか、どうしても気になってしまうのです。

2つ目の迷路は、読み手が舞い込んでしまう迷路です。この小説の終わり方はかなり意味深で、あらすじでも書いたとおり、道彦が自分の小説が中国語に翻訳された文字を見て、迷路に迷い込んでしまうような気持ちとなり、慌てて本を閉じる場面で物語が幕を閉じます。

その時、道彦が目にした文は「泉凝望著那個男子漢字好長時間,突然間男子倏地擡起頭來。」という中国語文です。日本語に訳すと「かなり長い間、泉がじっと見つめていた男が、やっとこちらに目を向けた。」という『台北迷路』の冒頭文と一致します。

これは、作者がどういった意図で書いたのか読み手によって分かれるところだと思います。

上記の中国語文に翻訳がないところを見ると、ただ単に道彦が中国語の文を見る様子を描きたかったため、何かしらの中国語を載せたかった。だから、この小説の冒頭分を中国語に翻訳した文を載せたとも言えると思います。

一方では、道彦の小説の一文が、その当日の泉の行動と一致したことに既視感を覚えて、道彦が慌てて本を閉じる行動に出たのではないかということです。

もしかしたら、両方の意味があっての描写かもしれません。作品のタイトルどおり、吉田さんはなかなかの迷路を要したなと感じました。

台湾好きの方にはぜひおすすめしたいです。

以上

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